大谷高等学校吹奏楽部OB会

OTANI HIGH SCHOOL BAND ALUMNI ASSOCIATION OFFICIAL BLOG

カテゴリ:お玉人生

「那智勝浦より珍客来る」 ひょんな事から始まったフェイスブックでの交流。私の編曲物の中に40年前にヒット!した「恋の季節」の有無のお問い合わせ。みかん箱に眠っていた上記楽譜を探し出しお送りした。指揮者の大江伸二さん。よくよく話していると近畿大学吹奏楽部の出 ...

「不思議なご縁の萩観光」 1年に亘って書いてきた、カメラ片手の中国路の旅も終わりに近づいた。例によって南阿蘇久木野での所用の帰路、戦後、旅興行一座の楽団員として、滞在した湯田温泉を訪ねた。駅前の足湯にひたり、当時の思い出に耽ったが、老齢の脳裏からはすっか ...

「私の青春は下関」 昭和17年5月、博多の雑餉隈(南博多)にあった渡辺鉄工所(現九州鉄工所)へ、ドイツ複葉練習機「キ-68」の製造過程の研究勉強のため派遣された折り、下関駅関門連絡船待合所で一夜を過ごしたのが、私と下関との出会いであった。翌年は「海の底さへ汽車は ...

「戦後の初参りは宮島から」 表題の通り、私の戦後(昭和21年)初頭の初参りは宮島の厳島神社であった。前年12月旅興行の楽師として広島各地での巡業公演に同行していた(昭和63年発刊の「苦楽・音楽おたま人生」に記載)。そして最後の興業が、大晦日から新年にかけての西 ...

少し早いですが残暑お見舞い申し上げます。次回から広島編になります。頑張って書いていきますので宜しくお願いします。 「私の瀬戸大橋のすべて」 瀬戸大橋が1987年に開通。私が訪れたのは10年ほどのちである。ご縁を得てお付き合いが始まった、金光学園の佐藤正俊先生 ...

「カメラ片手にぶらり赤穂線」 戦後間もなく下関から帰路JR赤穂線を走ったことは前述したが、その折は貨物列車の有蓋車。窓外の景色を見ぬ間の3時間弱であった。1999年愛用のニコンカラ-ピックスを手に入れてからは、カメラ片手に各地を訪れた。その最初が赤穂線の旅であ ...

とにかく暑い。その夏を乗り切るため一つの目標を立てた。PC教室で頑張る友人M氏が8年の年月をかけて書き上げた力作、「百人一首絵巻」次代に残すべく画像をデジタル化し、DVD制作を思い立った。使用ソフトはパワーポイント、画像だけでも200枚は有に超える。それにちなんだ ...

「定番:後楽園~倉敷美観地区散歩」 飛び込みの「おたま新聞」特別号に追われておりましたが、やっと普通のスケジュ-ルでの記事をお送り出来ホッとしています。私の岡山駅の思い出は終戦の年の11月初旬、混乱の中での下関からの帰路(この記事は著書「苦楽・音楽おたま人 ...

40年前に制作した定期演奏会及びコンクールの熱演を録音した、大谷高校吹奏楽部制作のLP12枚。CDにして当時の部員諸君に配布しようと以前から思っていた。我が家にあるLPプレィヤーは2台ともパンク、LP化は諦めていたが17日の演奏会後の打ち合わせの席で、原隆啓君からプレィ ...

「大谷吹奏楽団演奏会に参席して」 京都では祇園祭で本格的な夏が来るといわれていますが、その7月17日表題の演奏会に参席してきました。丁度所用で京都に来ておられた初代顧問の菊池顕正先生(南阿蘇村在住)と同席して、OB諸君の熱演聞かせていただき、コンクールへ向け ...

「備中高梁より吉備線沿線を歩く」 岡山県玉野市文化ホ-ルで行われた金光ウインドアンサンブル春の演奏会に参席。その夜は備中高梁で宿泊。この日の行程はきついので早くに宿を出、タクシ-で山腹の駐車場まで。そこからの急坂の坂道20分、さすがに日本一の高所にある備中 ...

「白兎海岸より砂丘へ」 米子での協議を終え、高速バスで京都へと思っていたら、時間があるなら白兎海岸をドライブしませんかと、米子市民バンドの指揮者鷲見氏(3年前に急逝された)のお言葉に甘え、鳥取砂丘までのドライブになった。雄大な伯耆大山を右手に見て、東郷湖 ...

「大谷吹奏楽団の皆さんへ」 夏の定演に向け練習も佳境の頃、私も参加したいのは山々ですが、何せ練習場への階段、老齢の私には駄目です。皆さんのご健闘と盛会裏に演奏会が行われることを期待しています。 さて、私ごとになりますが、大谷退職以来幻の指揮者が京都から ...

「島根半島最東端“地蔵岬へ”」 「山陰の大阪」といわれる米子は、海陸交通の要衝、商都として栄えてきた。韓国友人、宋乗文氏(大田交響吹奏楽団団長)が京都に来るときは急な連絡で何時も戸惑う。本人は日本語が片言であるので、釜山の金貞子さんからの伝言だから返答が ...

「堀川めぐりが楽しい、水の城下町」 前日、宍道湖畔で日本一の夕景を充分にカメラに収めることも出来、大岩さん肝いりの夕食、初めて訪れた松江は最高であった。この日は帰京する時間が決まっているので強行スケジュ-ルになる。普通なら観光バスでぐるり一周だが以上の理 ...

「山陰の旅」"大森銀山から出雲大社" 私の中国路の旅は何時も金光ウインド・アンサンブルの演奏会翌日がスタ-トの日である。2003.06この時は会場が倉敷市玉島文化センタ-であったため倉敷駅前で宿をとり、早朝の出発であった。伯備線で松江、普通に乗り換え大田市駅、バ ...

「出てきたお宝CD」 来年3月に韓国済州で企画されている演奏会の、原稿造りに必要な資料探しをしていたら、国宝級のCDが出てきたので紹介します。私にとっては想い出深い音源ですが、皆さんからとれば何だこれはというCDかもわかりませんが、その時はご勘弁ください。 ① ...

「想い出の中国路Ⅳ」"秘境神龍湖・帝釈峡" この記事を読まれた方で行かれた方は少ないと思う、広島県北東部の中国山地に位置する全長18キロメートルの峡谷で、国の名勝(1923年)に指定されている比婆道後帝釈国定公園の秋の一日ハイキングの思い出記である。例によって前 ...

「慌ただしくなった私の周辺」 連休も終り、世間が忙しくなれば老齢の私は暇になるのが通常だが、なぜか今年の私の周辺はざわざわとしている。5/4には韓国済州の友人が、日本での忙しいスケジュ-ルを割いて、わざわざ伏見まで来てくれた。来年3月に金升澤氏の発案で行お ...

「カメラ片手に瀬戸内の旅Ⅲ」“しまなみ海道を行く” 韓国済州の友人、金升澤氏が帰国、少し手持無沙汰を覚えたので、保存している画像をCDから探し出し、上記表題の原稿を書いてみた。 2001.05.前日はお気に入りの福山駅前に宿をとり、定期観光バスに乗車した。日曜 ...

「カメラ片手に瀬戸内の旅Ⅱ」“安芸の小京都・竹原~尾道へ” JR竹原駅から商店街を抜け、本川を渡り、国指定の街並み保存地区まで徒歩10分。江戸時代後期の儒学者であり、漢詩人であった頼山陽の像が竹原の歴史を見つめるかのように佇む。終戦の年、クラリネット片手に旅 ...

「カメラ片手に瀬戸内の旅」“心のふるさと鞆の浦” 表のブザ-の音、福山の友人F氏からの宅配便、鞆の浦への家族旅行のお土産と連絡があった。1998年ご当地の金光ウインド・アンサンブルの皆さんとのお付き合い以来、7回鞆の浦を訪問している。潮風に干し魚の列がゆらゆら ...

慌ただしかった桜協奏曲も終わりに近づき、藤やさつきの頃になりました。多くの方からお寄せいただいた桜画像の後半を紹介させて戴きます。お陰さまで私の知らなかった写真画像もあり、居ながらにして充分に愉しませていただきました。前回にも書かせていただきましたが、お ...

慌ただしかった京都の春も4月下旬になると桜協奏曲もフィナーレに入りました。しかし私はこれからが忙しくなる予感がしてきました。それというのも「名誉相談役」というとんでもない肩書を付けられている韓国済州の市民バンドの演奏会CD作りです。3月のCDを作り終えほっとす ...

今の時期になってよく使われる、「花より団子」という諺がある。所節多々あるが『江戸いろはかるた』の中に、花見に行っても、見ていて美しい桜の花より、腹の足しになる茶店のおいしい団子を喜ぶと云う説がある。永年この世に生を受けていると 多くの団子を食してきたが、 ...

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